冷却水の状態を最後に点検したのはいつでしょうか?
夏に向けて気温が上がるにつれエンジンのオーバーヒート事例が増えてきます。エンジンの温度を適切に保ち、同時にエンジン内部を保護するために欠かせない冷却水についてのお話です。
ほとんどの車のエンジンは冷却水をエンジン内に循環させてエンジンの温度が上がりすぎないように冷やしつつ温度を管理しています。
冷却水の循環経路例
日本では「冷却水」や「不凍液」または「クーラント」と呼ばれ、NZでは「Anti freeze Anti boil」や「Radiator water / Radiator coolant」または単に「water」と呼ばれることが多いようです。
冷却水の仕事は主にエンジンの過剰な加熱を防ぐこと。もし冷却水を失うとエンジンはまたたく間に適切な温度を超えてオーバーヒートします。
オーバーヒートが起こるとエンジンのパフォーマンスが低下するだけでなくエンジンの焼付きや熱による変形等、深刻なダメージが起きて修理が高額になったり、エンジンそのものを交換せざるおえなくなる場合があります。
冷却水はエンジンの保護に欠かせない役割を担っているため、冷却水の管理は重要なメンテナンス項目の一つです。
車に使われている冷却水はただの水ではありません。
水道水でもエンジン冷却の用途は果たせますが、エンジン内部は主に金属なので水が循環するといやおうなしに錆びてしまいます。そのため冷却水には防腐・防錆剤が一定の割合で混合されている「Long Life Coolant (LLC)」という特別な溶液でなければなりません。
LLCには防腐・防錆と同時にウオーターポンプ(冷却水を循環させるプロペラ)の回転軸の潤滑や冷却水の沸点と融点の幅を広げる(沸騰しにくく、凍りにくくする)という役割もあります。
LLCの濃度が薄かったり、年数が経って防腐剤の効力が落ちていたり、防錆成分の含まれないクーラント(Long LifeじゃないCoolant)が入っていたり、中古車の場合はLLC成分が混ざっていない水道水100%だったりして冷却系統に錆が発生すると以下のような様々な不具合が起きてしまいます。
ーエンジン内部の腐食
ー腐食で発生した堆積物による冷却能力の低下や冷却系統の詰まり
ー冷却水の流量を調整する弁(サーモスタット)の固着や怠慢な動作によるオーバーヒートまたはオーバークール
ー冷却水ホース類の硬化や劣化の促進
ーラジエターキャップの固着や詰まりによる冷却系統内圧力調整の不具合
ーラジエター/ヒーターコア(車内のヒーター用放熱器)/パイプ類/フロストキャップ(エンジンブロックに埋め込まれてる金属蓋)の腐食による冷却水漏れ
ーウオーターポンプの潤滑不足による異音や冷却水漏れの促進とそれに伴うファンベルトまたはタイミングベルトの摩耗促進
ーウオーターポンププロペラの腐食/摩耗による冷却水流量の低下
ーオートマチックトランスミッションオイルクーラーの腐食による冷却水とATF(オートマオイル)の混合汚染(クロスコンタミネーション)
ー車内ヒーターの暖房能力低下や車室内への水漏れ
自動車修理の中でも不十分な冷却水管理がまねく問題はタチが悪く、一度冷却水を錆びさせてしまうと上記のような不具合がゆっくりと多発的に進行します。そして故障が表に現れたときには時すでに遅しとなり、一つの不具合を直しても次の不具合が次々と発生し悪循環とのイタチごっこになるためなかなか完治にいたりません。
冷却水がこんな色になってしまっていたらもう手遅れ。
例えば、
ウオーターポンプから漏れが発生(交換$300)→2週間後にラジエターホースがパンク(交換$150)→1ヶ月後にラジエターが詰まった(交換$600)→その後の冬にヒーターがぬるくなってしまった(ヒーターコアフラッシング処置$150)→間もなくヒーターコアから漏れが発生して車内が曇るし臭い(ヒーターコア交換$1500 or ヒーターを殺すバイパス処置で我慢$100)→まだまだ続く、、、 ※値段は参考値です。
このような水回りの不具合が長期間に渡って続く覚悟を余儀なくされます。
かと言ってほおっておくと、頻繁に水を足しつつ、よほど気をつけていない限り最終的にはオーバーヒートを起こしてエンジンに深刻なダメージを与えてしまうため、水温計を気にしながら、立ち往生もやむなしと割り切り、その日がいつくるのかと嫌な気分のまま運転することになってしまいます。
もちろん発生した不具合を直すタイミングで近い未来の故障が予想される関連部品も同時に処置してしまうのがベストですが、例えば冷却水用のホース類だけをとっても車種によっては10本以上使われていることもあり、その上ラジエターも交換、サーモスタットも交換と修理を重ねると当然修理コストがかさみます。
現実的には整備工場とよく話し合いながら修理の優先順位を整理して修理コストと予防処置のバランスを見つけるということになっていきます。整備工場としても、今後のリスクを予想してどこまでが予防整備でどこからが過剰整備となるのか悩むところです。修理コストが車の状態や市場価値を上回るような状況では廃車をお勧めする場合もあります。
また、現状でLLC濃度が問題なく比較的綺麗な状態であっても、過去に錆びたことがある場合にも注意が必要です。
NZではなぜか「ラジエターには水さえ入っていればno problem!」のような楽観的な風潮があって、特に個人売買の中古車の多くは冷却水の管理ができていません。オイル類と同様にWOFの検査項目外なので長いこと水道水のままになっている場合が多いようです。
確かに水さえちゃんと入っていれば「当面の」オーバーヒートはしないし、オーバーヒートや漏れがなければ「ちゃんと走っている問題ない」と思ってしまいますが、そのまま乗り続けると漏れや詰まりが起きたときにはすでに冷却系統全体が朽ちかけています。そうなってしまったら上に書いたようなつきまとう水回りの故障と常に向き合う覚悟なしには車の維持が難しくなってきます。
ウオーターポンプケースの裏にあるフロストキャップ一つを交換するためにウオーターポンプを外す、そのためにタイミングベルトも外す、そのためにオルタネーターやファンベルトやエンジンマウントも外す。アクセスしにくい箇所の漏れの場合には遠回りな作業になる場合もあります。
錆でラジエターキャップが機能しなくなったため冷却水経路の圧力低下がウオーターポンプのキャビテーションを招き錆とのコンビネーションで内部から激しく剥離されたフロストキャップ。
ウオーターポンプ内のセパレーターが錆で剥離して暴れ回ったためプロペラがひしゃげた状態になって水量が減ってオーバーヒートしていた車両のウオーターポンプ・ファンカップリングユニット
というわけで、冷却水はとにかく錆びさせてはダメ。状態によってはできるだけ早く冷却水のフラッシング(冷却水経路の洗浄)と交換をして冷却水経路のリフレッシュが必要です。